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低酸素環境においてRNAの骨格がメチル化される! ―立体選択的なRNAの修飾がリボソームを活性化する―

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 助教 横山武司
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 大腸菌のリボソームRNA(rRNA)において、嫌気(低酸素)環境特異的に、"RNA骨格"にメチル化修飾が導入されることを発見し、またその分子メカニズムを解明しました。
  • この修飾はリボソームの構造と活性を微調整し、低酸素下における翻訳効率を高め、生育を促進する"環境応答型スイッチ"として働いていることが示唆されました。
  • 本研究は、RNA修飾が細胞の生育環境を感知して、タンパク質合成を調節する、これまでに知られていなかったしくみを明らかにするものです。また、無細胞タンパク質合成や合成生物学において有用な技術基盤となる可能性があります。

【概要】

東京大学大学院工学系研究科の石黒 健介 特任助教、鈴木 勉 教授らの研究グループは、大腸菌リボソーム(注1)のペプチド転移反応活性中心(PTC)(注2)に、嫌気環境で特異的に導入される新たなRNAメチル化修飾を発見し、その生合成機構と嫌気環境への適応に果たす生理学的役割を明らかにしました。

リボソームはタンパク質合成(翻訳)を担う巨大複合体で、リボソームRNA(rRNA)とタンパク質から構成されます。従来、リボソームは一定の組成と構造を持つと考えられてきましたが、近年、環境に応じてリボソームの構成要素の組成が変化し翻訳を最適化する「Specializedリボソーム」という概念が注目されています。研究グループは、通性嫌気性菌(注3)である大腸菌が嫌気環境に適応する際、rRNA修飾を介したリボソームの機能変化が生じる可能性に着目しました。

嫌気条件で培養した大腸菌のrRNAをRNA質量分析法(注4)で解析したところ、PTCの2501位に存在する5-ヒドロキシシチジン(ho5C2501)の修飾率が上昇するとともに、2449位および2498位に新たなメチル化修飾が導入されることが分かりました。NMR解析(注5)により、これらの修飾はRNAの糖リン酸骨格に立体選択的にメチル基が導入される報告前例のない化学構造を持つことが明らかとなり、それぞれのメチル化修飾を5′(S)-メチルジヒドロウリジン(D5Sm2449)、2′-O-5′(S)-ジメチルシチジン(Cm5Sm2498)と命名しました。

また、生化学的解析およびクライオ電子顕微鏡(注6)による構造解析により、これら3種類の修飾がPTCを安定化し、リボソームのタンパク質合成活性を向上させることが示されました。さらに、これら3種の修飾は嫌気環境下での生育維持に必須であることも明らかになりました。これらの成果は、rRNA修飾によりリボソームの多様性が確保され、多様な外部環境への適応が可能になることを示す重要な知見です。さらに、これら三つのrRNA修飾の導入によってリボソームの翻訳活性が約2倍に向上することから、生命工学分野における応用も期待されます。

概要図:新規rRNA修飾が嫌気環境特異的に大腸菌の生育を促進する

【用語解説】

(注1)リボソーム
リボソームはリボソームRNA(rRNA)とタンパク質(r-protein)から成る複合体でタンパク質合成の場である。大小二つのサブユニットから成り、大サブユニットはペプチジル転移反応を触媒し、小サブユニットはmRNAとtRNA間の対合を監視することでタンパク質合成の精度を保つ重要な役割を持つ。

(注2)ペプチド転移反応活性中心(PTC)
ペプチド転移反応活性中心はリボソーム大サブユニットにおいてペプチジル転移反応を触媒する部位である。rRNAによって構成され、ペプチジルtRNAが持つペプチド鎖をアミノアシルtRNAが持つアミノ酸に結合させる。この結果、ペプチド鎖が伸長する。

(注3)通性嫌気性菌
酸素の有無に関わらず生育が可能な細菌で、大腸菌の他にもブドウ球菌などさまざまな細菌が該当する。好気環境では好気的な呼吸を行うが、嫌気環境では発酵によりエネルギー産生を行うことで両方の環境に適応している。

(注4)RNA 質量分析法
質量分析によりRNA分子を解析する手法。さまざまな核酸分解酵素を用いてRNAをヌクレオシド、あるいは短い断片に分解し、液体クロマトグラフィーで分離しつつ質量分析を行う。得られた質量電荷比(m/z)から精密な分子量が分かり、修飾構造の決定や修飾率の計測を行うことができる。

(注5)NMR解析
核磁気共鳴解析。分子を構成する原子の核スピンが高磁場中で示す共鳴現象を利用して、化学構造や立体配置、分子間相互作用などを解析する分析手法。水素や炭素などの特定の原子核に高磁場中でラジオ波を照射すると、周囲の環境に応じて特徴的な化学シフトとして現れるため、質量分析法では得ることの難しい分子の詳細な化学構造を高い精度で解析することができる。

(注6)クライオ電子顕微鏡
生体分子の試料に低温下(約-200℃)で電子線を照射し、その構造を観察できる電子顕微鏡。試料を水溶液中で瞬間凍結することで、生体内に近い環境で目的分子の構造解析を行うことができる。

【論文情報】

雑誌名:Molecular Cell
題 名:Hypoxia-induced ribosomal RNA modifications in the peptidyl-transferase center contribute to anaerobic growth of bacteria
著者名:Kensuke Ishiguro, Karin Midorikawa, Naoki Shigi, Satoshi Kimura, Aivar Liiv, Takeshi Yokoyama, Takuhiro Ito, Mikako Shirouzu, Jaanus Remme, Kenjyo Miyauchi, and Tsutomu Suzuki*
* Corresponding author
DOI:10.1016/j.molcel.2025.11.018

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問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
助教 横山 武司
TEL: 022-217-6206
Email: takeshi.yokoyama.d1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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