2025年 | プレスリリース?研究成果
生命活動に重要な転写領域のゲノム安定性とがん化抑制の新たな仕組みを発見
【本学研究者情報】
〇加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野
准教授 宇井彩子
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- DNAの遺伝情報をRNAにコピーしてタンパク質を作る上で重要な転写活性化領域(注1)が、DNAの損傷を修復するDNA修復(注2) の特別な機構によって守られているメカニズムを発見しました。
- BETファミリー(注3)のBRD3は、通常は転写活性化領域で転写を活性化し、タンパク質の産生に関与していますが、がん細胞で異常な発現(注4)をしています。
- BRD3はDNA損傷のシグナル(注5)により、クロマチン(注6)の構造変化に関わるクロマチンリモデリング (注7)を制御し、ゲノム(注8)の安定性(ゲノム安定性(注9) )を維持してがん化を抑制する可能性を発見しました。
【概要】
ゲノムを構成するDNAはいつも傷(損傷)を受けますが、その損傷はDNA修復という仕組みによってゲノム安定性を維持することにより、細胞のがん化や老化が抑制されます。このため、これらのメカニズムの解明は大変重要ですが、まだ不明点が多い状況です。
東北大学加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野の銭江浩氏大学院生、菅野新一郎講師、田中耕三教授、安井明学術研究員、宇井彩子准教授らは、東北大学加齢医学研究所腫瘍生物学分野の吉野優樹助教、千葉奈津子教授、国立がん研究センター研究所の渡辺智子研究員、河野隆志分野長との共同研究により、ゲノムのDNA修復機構は一様ではなく、RNAとタンパク質をつくるために重要な転写活性化領域が正確に修復される新たなメカニズムを明らかにしました(図1)。このメカニズムはタンパク質の恒常性を維持し、細胞のがん化を抑制する機構と考えられます。
図1. 今回発見した新しいメカニズム(Created by BioRender)
【用語解説】
注1.転写活性化領域: 細胞の中では、DNAの情報をもとにしてRNAが作られ、その後タンパク質が作られます。この最初のDNAをもとにRNAが作られるステップを転写(てんしゃ)といいます。転写とは、DNAの情報をRNAに書き写すことです。しかしDNAにあるすべての遺伝子がいつでもRNAを作っているわけではなく、必要なときだけスイッチが入る(活性化する)とRNAを作る仕組みがあります。このようにスイッチが入ってRNAを作っている領域を転写活性化領域といいます。
注2.DNA修復: DNAについた傷(損傷)を見つけて、正しい配列に修復する仕組みです。DNAの損傷は、紫外線や化学物質、活性酸素や放射線などによって引き起こされます。
注3.BETファミリー: BETファミリーのタンパク質は、転写にスイッチを入れる(活性化する)タンパク質です。このBETファミリーの中ではタンパク質のアミノ酸配列や構造が大変に似ています。ヒストンの修飾の一つであるアセチル化を認識して結合するタンパク質領域(ドメイン)を持ちます。
注4.発現: DNA(遺伝子)はタンパク質を作るための設計図ですが、いつもタンパク質が作られているわけではなく、必要な時に作られます。この遺伝子が使われてRNAやたんぱく質が作られることを、発現といいます。
注5.DNA損傷のシグナル: DNAが損傷を受けるとそれを感知するタンパク質が反応し、シグナルを伝達するタンパク質が動き出し、DNA修復のタンパク質に指令を出します。DNAの修復が完了するとシグナルも止まります。
注6.クロマチン: 真核生物の細胞の核内に存在するDNAとヒストンなどのタンパク質からなる構造体で、DNAがヒストンなどに巻き付いて折りたたまれて核内に収納されています。遺伝子の発現を調節するなど、生命の活動に重要な役割を果たしています。
注7.クロマチンリモデリング: DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いて細胞の核内にクロマチンとして収納されています。しかし、このままでは転写やDNA修復など、直接DNAに作用する機構においてDNAに直接アクセスするのが難しい状況です。このため、必要な部分だけヒストンを動かしてDNAにアクセスしやすくするのがクロマチンリモデリングです。
注8.ゲノム: DNAはヒストンなどのタンパク質に巻き付いてクロマチンという構造体を作っていますが、ゲノムとは、そのクロマチンが全部集まってできた全設計図を指します。
注9.ゲノム安定性: ゲノムが正常に保たれている状態です。反対に、ゲノム不安定性とはDNA(ゲノム)の修復機能に異常が生じ、変異が起こりやすい状態を指し、がんや老化の特徴の一つです。
【論文情報】
タイトル:BET family, BRD3 initiates DSB-induced chromatin remodeling with TIP60 to promote R-loop-mediated HR
著者: Jianghao Qian, Tomoko Watanabe, Reiko Watanabe, Shin-ichiro Kanno, Akiko Takahashi, Shinji Kohsaka, Yuki Yoshino, Natsuko Chiba, Kozo Tanaka, Takashi Kohno, Akira Yasui,*, and Ayako Ui,*(*責任著者)
掲載誌:Cell reports
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2025.116461
URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/41134669
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学 加齢医学研究所
准教授 宇井彩子
TEL:022-717-8469
Email: ayako.ui.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学 加齢医学研究所
広報情報室
TEL: 022-717-8443
Email: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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