2025年 | プレスリリース?研究成果
電子の連携、量子物質の巨大分極を誘発 ─ 高速エレクトロニクスを拓く新材料としての応用に期待 ─
【本学研究者情報】
〇大学院理学研究科 物理学専攻
教授 岩井 伸一郎(いわい しんいちろう)
研究所ウェブサイト
【発表のポイント】
- 量子物質(注1)の一種である電子強誘電体(注2)のルテチウム鉄酸化物(LuFe2O4)(注3)に室温でテラヘルツ光(注4)を照射すると、これまで見つかったバルク(注5)強誘電体として過去最大の電気分極(注6)変化を示すことを発見しました。
- この分極の巨大変化は、多数の電子の協力効果(注7)により超高速に生じることを明らかにしました。超高速強誘電体メモリなど新規な光エレクトロニクスデバイスの原理として応用が期待できます。
【概要】
強誘電体はメモリや光変調器などのエレクトロニクスに欠かせない材料です。昨今のデジタルトランスフォーメーション(DX)(注8)と呼ばれる情報の活用方法の変革は、電気素子のテラ(1兆)ヘルツ以上の超高速動作を至近の課題としています。ところが従来の強誘電体は、結晶内で重いイオンや分子を動かす必要があり、高速動作の妨げとなっていました。また、この機構にはエネルギー消費や結晶劣化を招くという問題もあります。
東北大学大学院理学研究科の岩井伸一郎教授と伊藤弘毅助教(現在:関西学院大学理学部物理?宇宙学科教授)、東京科学大学理学院化学系の沖本洋一准教授と腰原伸也教授(現在:同大学教育本部特命教授、筑波大学数理物質系客員教授))、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の池田直教授らの研究グループは、電子強誘電体と呼ばれる量子物質の一種にテラヘルツ波を照射することで、バルク強誘電体としては過去最大の極めて大きな分極の変化を示すことを発見しました。この優れた分極の操作性は、多数の電子が1 ピコ(1兆分の1)秒未満という短時間で協力的に変化することで生じます。こうした高効率、超高速な応答性は、新規な光エレクトロニクスデバイスの原理として応用が期待できます。
この成果は米国物理学会の科学誌Physical Review Lettersに2025年9月4日にオンライン掲載されました。

図1. 結晶構造と本研究の実験の模式図。(a)従来型の強誘電体では重いイオンなどの変位によって分極が生じる。一方、電子強誘電体LuFe2O4では軽い電子雲の変形によって分極が生じる。結晶構造は、鉄(Fe)原子からなる層と、Luからなる希土類層が交互に積層している。(b)Fe層で生じる強誘電分極と、テラヘルツ波(図中の緑矢印)による分極駆動。分極は電子(図中の紫球)のチームプレーによって生じているため刺激に敏感で、高速に制御できる。
【用語説明】
注1. 量子物質:電子などのミクロな粒子はニュートンの法則では予測不可能な「量子」として振舞うことが20世紀初頭に明らかとなり量子力学が誕生した。このような量子が多数凝縮することで、量子的な性質が巨視的に現れる新奇物質を量子物質と呼ぶ。電子強誘電体(後述)や、比較的高い温度で電気抵抗がゼロになる高温超伝導体、物質の中身と表面とで電気的性質が異なるトポロジカル物質、強弾性?強誘電性?強磁性などの性質を併せ持つマルチフェロイクス、反強磁性体と強磁性体の特性を併せ持つ交替磁性体などが該当し、近年活発に研究されている。
注2. 電子強誘電体:直流外部電場に対し導電性を示さない絶縁性物質は一般に誘電体と呼ばれ電気分極(電荷の偏り、後述)を持つ。電場がなくても分極を持ち、かつ、電場をかければ分極の向きを反転できるものを強誘電体といい、中でも、電子雲の変形が分極を形成しているものを電子強誘電体という。通常の強誘電体は、応答速度を決める分極反転の時間スケールが、原子やイオンが動く速さによって制限される。一方で電子誘電体では、原子の変位は比較的小さく、主にクーロン反発による電子の偏りによって分極が形成されるので、より速い応答が可能となる。本研究で扱った物質のほか、幾つかの有機分子性化合物((TMTTF)2AsF6、(TMTTF)2ReO4、α-(BEDT-TTF)2I3、β'-(BEDT-TTF)2ICl2など)が研究対象となっている。
注3. ルテチウム鉄酸化物(LuFe2O4):RFe2O4(R:任意の希土類元素)という組成を持つ鉄酸化物の一種。鉄原子からなる層と希土類原子からなる層が積層した構造をとる。1970年代に日本とフランスとで独立に合成され、当初は磁石としての性質が注目されたが、2006年に電子強誘電性を持つことが明らかとなった。その後、岡山大学や東京科学大学など我が国のグループが、超短パルスレーザーによる分極増強や高効率テラヘルツ波発生を発見するなどして研究を主導しており、海外勢の追随を許していない。この物質が強誘電性を示す理由は、図1(a)に示す結晶構造において、電子が電荷秩序(図1(b))と呼ばれる規則的な配列をとることで電子分布が偏り強誘電分極が生じるため。これまで知られている電子強誘電体のうち、RFe2O4が、唯一室温動作が可能 (強誘電転移温度Tc~330 K)という応用上のメリットがあり、また有機物と比べ電子密度が高いので電子の潜在能力が発揮されやすい。
注4. テラヘルツ光:波長300 μm程度の電磁波。周波数の観点では電波と光の中間で、技術的には未成熟な領域であるが、通信技術、物性研究、天文観測など多方面で有用なため今世紀ごろから急速に普及が進んでいる。
注5. バルク:氷砂糖や宝石のような塊状の結晶で、結晶としては最も基本的な形態。それに対し、基板上に成長された薄膜結晶を人工的に作製することもでき、各種デバイスに用いられる。
注6. 電気分極:電荷の偏りを表す量で、単に分極ともいう。一般的な結晶では電場をかけることでプラス電荷とマイナス電荷の位置がずれ分極が生じるが、強誘電体は電場がなくても分極を持つ。方向を持つ量であるため、情報の記録や(強誘電体メモリ)や波長変換デバイスに応用できる。
注7. 協力効果、協力現象:物質の構成要素間の相互作用の結果として現われる巨視的な現象。例えば分極の向きなどが隣と揃うとエネルギー的に有利な状況において、分極の整列が「右へならえ」とドミノ倒しのように進み巨大に成長することがある。温度や圧力変化による相転移でよく見られるが、近年、光誘起相転移においても生じることが解ってきた。
注8. デジタルトランスフォーメーション(DX):企業や組織がデジタル技術を活用してビジネスのプロセスやビジョンを変革し、競争力を向上させること。従来のビジネスモデルやプロセスを変革するために戦略的に取り組まれている。 具体的には、ビッグデータ分析や人工知能(AI)などを活用し、企業や組織内外の情報の収集?分析?活用を効率化し、新たな価値を創出することが目指されている。
【論文情報】
タイトル:Terahertz Field Control of Electronic-Ferroelectric Anisotropy at Room Temperature in LuFe2O4(LuFe2O4における室温電子強誘電分極のテラヘルツ波制御)
著者:Hirotake Itoh1*, Ryusei Minakami1, Hongwu Yu2, Ryohei Tsuruoka1, Tatsuya Amano1, Yohei Kawakami1, Shin-ya Koshihara2, Kosuke Fujiwara3, Naoshi Ikeda3, Yoichi Okimoto2*, and Shinichiro Iwai1*
1 Department of Physics, Tohoku University, Sendai 980-8578, Japan
2 Department of Chemistry, Institute of Science Tokyo, Tokyo 152-8551, Japan
3 Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University, Okayama 700-8530, Japan
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 伊藤弘毅(現:関西学院大学理学部物理?宇宙学科 教授)、教授 岩井伸一郎、東京科学大学理学院化学系 准教授 沖本洋一
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/fryl-jjnj
問い合わせ先
(研究に関すること)
国立大学法人東北大学大学院
理学研究科物理学専攻
教授 岩井 伸一郎(いわい しんいちろう)
Email:s-iwai*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
国立大学法人東北大学大学院
理学研究科広報?アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
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