2025年 | プレスリリース?研究成果
受容体のオンオフを制御する新たな仕組み ――立体構造解析から明らかになった脂肪酸の長さを認識する 受容体の構造基盤と開発薬が作用するユニークな機序――
【本学研究者情報】
〇大学院薬学研究科 分子細胞生化学分野
教授 井上飛鳥
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
-
私たちの健康に重要な働きを持つ短鎖脂肪酸受容体(FFA2)について、クライオ電子顕微鏡を用いて、作動薬と遮断薬がそれぞれ結合したFFA2の立体構造を解明しました。
- FFA2が短い脂肪酸のみを選択的に認識する仕組みを突き止めるとともに、FFA2を標的とする開発薬が予想外の部位に結合してFFA2の機能を制御する新たなメカニズムを発見しました。
- この研究成果は、生活習慣病や炎症性腸疾患に対する、より有効性の高い新規治療薬の開発につながることが期待されます。
【概要】
私たちの健康維持に重要な働きを担う短鎖脂肪酸(注1)は、食物繊維が腸内細菌によって分解されることで作られる物質です。この短鎖脂肪酸は、私たちの腸や脂肪組織、膵臓、免疫細胞の細胞膜上に存在する短鎖脂肪酸受容体(FFA2)(注2)を介して、代謝や免疫の制御など、様々な生理作用を引き起こします。近年、FFA2は生活習慣病や炎症性腸疾患(注3)の治療標的として大きな注目を集めており、すでに複数の治療薬候補化合物が開発され、一部は臨床試験にも進んでいます。しかし、FFA2がどのように短鎖脂肪酸を選択的に認識し、またFFA2を標的とするこれら開発薬がどのようにその機能を制御するのかは不明でした。
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻(東京大学先端科学技術研究センター兼任)の九川真衣大学院生、東京大学先端科学技術研究センターの川上耕季東京大学特別研究員、同(大学院理学系研究科生物科学専攻兼任)加藤英明教授、東北大学大学院薬学研究科の木瀬亮次特任助教、井上飛鳥教授(京都大学大学院薬学研究科兼任)らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡(注4)を用いて、作動薬(注5)が結合した活性化型FFA2と、遮断薬(注6)が結合した不活性化型FFA2の2種類の立体構造を決定することに成功しました。得られた構造を精査したところ、FFA2を標的とする開発薬である作動薬4-CMTBと遮断薬GLPG0974が、これまで予想されていた場所とは異なる位置に結合することを見出しました。さらに、分子動力学シミュレーション(注7)や機能解析実験を用いることで、FFA2が短鎖脂肪酸を選択的に認識する仕組みを解明するとともに、新しい作動?遮断機構によってFFA2の機能を制御することを明らかにしました。
本研究成果は、FFA2を標的とするより効果的な治療薬の設計につながり、生活習慣病や炎症性腸疾患の新しい治療薬開発を加速させることが期待されます。さらに、本研究で得られた作動薬?遮断薬の作用機構の情報は、FFA2以外の他の受容体に対する薬剤開発へ応用できる可能性があり、今後、様々な疾患に対する革新的な治療薬の開発が進むことが期待されます。
本研究成果は、2025年3月26日(英国標準時)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

本研究の概略図
【用語解説】
(注1)短鎖脂肪酸
2-6個の炭素からなる脂肪酸。腸内細菌が食物繊維を分解する過程で産生される。酪酸、プロピオン酸、酢酸などが代表的な短鎖脂肪酸である。
(注2)短鎖脂肪酸受容体(FFA2)
腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸を認識する受容体の一つ。腸管上皮細胞、免疫細胞、脂肪細胞、膵臓β細胞など、様々な組織に発現しており、免疫系の制御や代謝の調節に重要な役割を果たしている。
(注3)炎症性腸疾患
腸に炎症を起こす病気の総称。主な症状として腹痛や下痢が見られ、潰瘍性大腸炎やクローン病がこれに含まれる。
(注4)クライオ電子顕微鏡
2017年にノーベル化学賞を受賞した技術。極低温環境でタンパク質試料に電子線を照射し、その投影像から立体構造を計算して求める手法。この手法によって、タンパク質の構造解析にかかる時間が大幅に短縮され注目を集めている。
(注5)作動薬
受容体に結合してその機能を活性化する物質。私たちの体の中には様々な受容体が存在しており、それらの機能を活性化する作動薬は多くの病気の治療薬として使われている。
(注6)遮断薬
受容体に結合してその機能を抑制する物質。受容体の働きが過剰な場合に、その機能を抑制するために治療薬として使用される。
(注7)分子動力学シミュレーション
コンピュータを使って原子レベルでの分子の動きを再現?解析する手法。実験では直接観察することが難しい、タンパク質の動的な振る舞いを理解することができる。
【論文情報】
タイトル:Structural insights into lipid chain-length selectivity and allosteric regulation of FFA2
著者: Mai Kugawa, Kouki Kawakami, Ryoji Kise, Carl-Mikael Suomivuori, Masaki Tsujimura, Kazuhiro Kobayashi, Asato Kojima, Wakana J. Inoue, Masahiro Fukuda, Toshiki E. Matsui, Ayami Fukunaga, Junki Koyanagi, Suhyang Kim, Hisako Ikeda, Keitaro Yamashita, Keisuke Saito, Hiroshi Ishikita, Ron O. Dror, Asuka Inoue* & Hideaki E. Kato*
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-57983-4
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科 分子細胞生化学分野
教授 井上飛鳥(いのうえ あすか)
TEL:022-795-6860
E-mail : iaska*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科?薬学部 総務係
TEL:022-795-6801
E-mail : ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています